気功をやっているのに、なぜか疲れてしまう
気功を練習しているのに、なぜか疲れる。家族に施術してあげたら、その日の夜、自分のほうがぐったりしてしまった。相手は少し楽になったようだけれど、自分の体調が崩れた——。
もしそういう経験があるなら、今日の話は、たぶんあなたの話です。
ドラゴンボールのカメハメ波を、出したかった
そもそも気功って、体を使って、呼吸法をやって、実践していくものですよね。で、多くの人はやっぱり気功を始めると、ドラゴンボールみたいにカメハメ波を出したいと思うわけです。
私自身もそうでした。そして今、私のところに来られる生徒さんにも、気を送ろうとしてしまう方がいらっしゃいます。
力みは、大切な人に向けるときほど強く出る
武術とか空手をやっている方も生徒さんにはいらっしゃるんですけれども、そういう方ほど、気功の施術を家族にやってあげようとすると、力みが無意識に出てしまうんですよね。
そうすると、疲れやすくなったりという現象が起きて、自分の気を消耗してしまうという問題に、どうしてもぶつかってしまう。
不思議なもので、相手が大切であればあるほど、力が入ります。良くなってほしいという気持ちが強いほど、力む。そしてその力みが、そのまま自分の消耗になっていくわけです。
打つことはできる。ただ、打とうとすると打てない
養生功と、外気療術(秘伝功)
気功の基本は養生功といって、自分の体を養生していくための気功法です。自分で自分の健康のための気功法のことを、養生功といいます。これが基本的な気功のベースにあります。
その応用編として、外気療術——まさに秘伝功というものがあります。秘密の気功と書いて秘伝功。他人の健康のための気功法ですね。
「発放」という言葉が、最初の誤解をつくる
外気を発放する方法、と言うんですけれども、「発放」と言ってしまっているので、漢字の意味から捉えちゃうじゃないですか。初心者の方は「外気を発放するんだから、自分の気を発放するんだ」というイメージで持ってしまう。私も初心者の頃はそうでした。
最初に学校に行ったとき、もちろん師範代の先生なんかは深く体得しているわけですから、「気を出そう」というふうには教えていなかったんです。それでも、一緒に習っていた他の生徒さんも、私もそうでしたけれども、どうしても手から気を意識的に出そうとする。そういうコマンドの強さというんですかね、意識の強さみたいなものが、緊張感として無意識にあったわけなんですよね。
でも、端的に言いますけど、打つことはできるんです。ただ、そのコツはやっぱり、打とうとしちゃうと打てないという、そういう矛盾が発生してしまう。
これが気功の世界の面白いところで、初心者が一番最初に詰まりやすいところです。だから気功では、頑張りすぎないことが大事ですよ、と教えているわけですね。
ただ——そう言われても、できないんです。これが本当に難しい。
命を削って施術していた頃の話
サードオピニオンとして来られる患者さんたち
気功の臨床の現場というのは、いわゆるサードオピニオンくらいで来られるわけなんですよね。
最初は現代医学、ドクターのところにかかるわけです。アトピーなどの疾患は、もちろんドクターのところにかかって、日常生活に支障を来さない程度に薬を処方してもらう。それはとても大事なところだと私も思っていますし、否定するつもりはありません。
でも患者さん自身は、やっぱりもうちょっと良くなりたいとか、薬に頼らずに自分で症状を緩和したいという気持ちはあるわけですよね。でも、それはドクターには答えられない。
心優しい真面目なドクターの方は、そういった患者さんにも養生法を伝えたいということで、東洋医学を学んだり、漢方を学んだり、あるいは私のところにドクターが来られたりもします。医療業界のバイオパワーというのが強いので、公に代替療法を学んでいると言ってしまうと煙たがられる現実があるそうで、こっそり学ばれている方が多いんですね。真面目な方ほど、統合医療学会などに所属して、臨床に役立てようとされています。
つまり、私のところに来られる頃には、だいぶ慢性化している。普通のドクターでも難しい症例になってきているわけです。
「何クソ」と思った分だけ、自分が削れていった
そこで我々みたいな代替療法とか、整体師の方が、医療の国家資格がない状態で患者さんを診るので、それは難しいですし、批判もされますよ。「全然治ってないじゃないか」と思われるわけですけれども。
だから、そこに「何クソ」という気持ちが、どうしても私の場合はあったんです。「絶対この気の力だけで患者さんを良くしてあげよう」という気持ちは、やっぱりありました。
そうなると、頑張っちゃうんですよね。
頑張っちゃうと、患者さんはその日はいいんです。でも患者さんには言わないんですけれども、その日の夜、もうぐったりして、ものすごい具合が悪くなる。開業初期の頃はたくさんありました。もう数え切れないくらいあったので、これは命を削っている状態なんですよね。
それは、気功師学校で学んだ秘伝功とは違う、自力の気功です。
その意識の使い方をしていると、相手に届く効果はあったとしても、自分自身がエネルギー、生命力を削ってしまって、吐き気がするとか、持病の頭痛がひどくなるとか、消化不良になるとか、いろんな不調が出てくるんですよね。「これをやってて、何十年も続けられるのかな」という不安感が、開業初期の頃はやっぱりありました。
それでも辞めなかった理由
それでも辞めなかったのは、自分には気功師という仕事が一番向いている、という使命感がやっぱりあったからです。それに、自分で決めたことですから、最後までやり通したいという気持ちだったんですよね。
ただ、当時はまだ密教の教えにも出会っていませんでしたし、師僧——先生の師に、僧侶の僧と書いて師僧といいます——そういう方にも出会えていなかった。探そうとはしていたんですけれども、自分の心理的な盲点に隠れて、なかなか情報を得ることができなくて、一人でもがいていたんです。
頭では理解しているのに、現場で発揮できない。その状態は、一、二年くらい続きました。
才能がある人の話ばかりが、目に入ってしまう
私は気を感じるまで、1年以上かかりました
私の場合は、そんなに才能があるとか、もともとそういう能力を持って生まれたという気功師ではなかったので、皆さんと同じ立場です。
私のところに来られる生徒さんは、結構、才能のある方が多いんですよ。たった一回のセミナーや講座で、もう気を感じられるようになったりする。自分の場合は、気をちゃんと分かるようになるまで1年以上かかってますから。
なんとなく感じる、ではなくて、確かなものとして実感できるようになったのは、気功師学校で師範代の山本先生と出会って、ぷるぷる気功をやっている中でのことでした。あそこでようやく、気というものを確信できるようになったんですね。
だいたい来られる生徒さんは、私の最初のスタートラインよりもだいぶ上の段階に立っている方が多くて、うらやましいなって思うくらいなんですよ。
明石家さんまさんの、手のひらに刺さる針
でも、やっぱりメディアや世間のYouTubeを見ると、取り沙汰されるのは、もともと能力のアドバンテージがある方なんですよね。
たとえば明石家さんまさんが、ラジオで、息子さんの喘息をご自身が気の力で治したという話をされていたのを、直接聞いたことがあります。
夜中、ずっと喘息で苦しんでいるというので、なんとか治してあげたいと思われたそうなんです。その当時、テレビでも「気で人を倒す」とか超能力とか、そういうのがフィーチャーされていた時期がありましたよね。90年代の後半くらいでしょうか。そこで超能力テストのようなものをやって、当たってしまった。「俺ら、結構能力あるんじゃないの?」というところから、目に見えない力を自分たちなりに練習されたそうです。
そして「気の力で人も治せるぞ」ということで——息子さんの喘息の病が、自分の手のひらに針として刺さってくるという感覚を、しゃべられていたんですね。その針がグサグサグサーって、自分の手のひらに刺さる。それを夜中、1本1本きれいに抜いていって、全部抜いたら、息子さんの喘息がもう良くなっていた、と。
まさに超能力じゃないですか。
比べたときに、人は意気消沈する
こういうケースは、もともとセンスがあって、何かのきっかけで能力が開発される、コツをつかむみたいなものです。おそらく、先天的にエネルギーが強い人というのは、いらっしゃるんですよね。
私が通っていた気功師学校にも、素晴らしい校長先生がいらっしゃって——張永祥先生という方なんですけれども——その方は遠隔ですよ。遠隔で、ベッドに寝ている人の足がバッタンバッタンと動くくらいの気をくださる。そんなことができる人は、なかなかいないわけです。
でも、それを見ちゃうと、どうなるか。「自力ですごいパワーを送って、もともと持っているポテンシャルの力で人を治すんじゃないか」と思ってしまう。
だから、「そういうエネルギーを自分でも出せるように、しっかり練習しよう」って思っちゃうわけですよね。そうすると、冒頭の話に戻るんです。「気を出そう、送ろう」と思ってしまう人間ができあがる。
私もそうだったわけですけど、そうなるとやばいですよね。本当に、命削って施術をしてましたから。
先天の気も、後天の気も、有限だった
親から受け継いだ気は、使えば減る
もともと超能力を持っている人たちは、なんか疲れないんですよ。それはおそらく、上手な意識状態ができているか、もともと持っているポテンシャルのエネルギー——先天の気が多いケースもあるんですね。
先天の気というのは、自分の先祖とか、母親、父親からDNAとして受け継いだ気のことです。そして先天の気は、有限の気なんですね。
ゲームでいえば、HPみたいなものだと思ってください。我々のような凡夫にはHPが2か3くらいしかない。でも先天的に強い人は、1万ポイントくらいあるのかもしれません。だから一生のうちに使いきらないくらいある。そういう方は、自分の生命エネルギーを使っても疲れないで、相手も良くなる。でもHPが2か3の人は、もう生命エネルギーを削っちゃいますよね。
食べても、休んでも、いたちごっこになる
じゃあ、先天の気を使って疲れてしまえば、後天の気で補えばいい、という考え方があります。
生きているうちに食べ物から得られる気とか、呼吸することで代謝が良くなって得られる気。これを後天の気といいます。もっと目に見えない形まで広げると、自分自身が生きてきた考え方とか、哲学とか、思想とか、そういったものを取り入れることも、後天の気に入ってきます。
だから疲れたら、それを補えばいい。ゼロになったら、また補えばいい。
でも——それ以上のポテンシャルは、出ないですよね。
施術で効果が上がっても、やっぱり自分自身が体調を崩す。あるいは先天の気が少ないから、後天の気でいくら補っても、たくさん食べても、一時的にはいいけど永続的には続かない。本当に、いたちごっこになってしまうわけです。
だから「片方どまり」になってしまう
たとえばお母さんが気功を習って、自力で、自分の生命エネルギーを削って子どもに施術する。それはすごい、素晴らしい気持ちですけどね。「自分の命と引き換えに子どもが生きてくれればいい」と、母親は当然思うわけですから。
でも現実問題として、子どもの症状が良くなったけれど自分の体調が崩れる、みたいなことが起きる。あるいは、自分は元気だけれど相手は元気にならない。
片方どまりになってしまうわけですよね。
これは気功に限った話ではないと思うんです。誰かのために尽くして、相手は少し楽になったけれど、自分がすり減っていく。そういう形の献身は、世の中にたくさんあります。
「出せば増える」という発想の転換が、いちばん難しい
私が行った気功師学校では、先天の気と後天の気は有限の気なので、無限の気として「秘伝の気」というものを使えるようになる、というふうに教えている学校だったんです。その使い方も、ちゃんと教えてもらったんですよね。
でも、どこかで我々は「気は有限なんだ」と、無意識に刷り込まれちゃってるんだと思うんですよ。
だって、気を出しているという時点で、どこかからエネルギーが漏れていると無意識に思っちゃいますよね。出せば出すほど自分の気が増える、という感覚って、もともとないじゃないですか。
押せば命の泉湧く——浪越先生の言葉
指圧の浪越先生という有名な先生がいらっしゃいます。「指圧の心は母心、押せば命の泉湧く」という言葉で知られる、指圧の創始者の方ですね。マリリン・モンローを施術されたことでも有名です。
指圧をすると無限の命の泉が湧いてくるから、いろんな疾患も病気も治りますよ、とおっしゃっていたわけです。
でも、我々は死に向かって生きているわけですから、やがて死ぬ。だからどうしても、無意識は「エネルギーは使うと消耗する」というふうに、生命のDNAレベルで刷り込まれている。
無我の壁は、どうしても厚い
そのDNAレベルで刷り込まれた自我に打ち勝つ、大きな発想の転換が心と体にインパクトを与えないと、なかなか秘伝の気というのは扱えないんですね。
教わったことは、たとえば「頑張らない」であるとか、「自分自身の力で生きているわけじゃなくて、気が常に我々を支えてくださっている、外気が支えてくださって呼吸できている」という、そういう感謝の気持ちを持って臨床に臨みましょう、ということです。
でも、そうは言うものの、無我の壁というのは、どうしても厚いわけですね。凡夫の私からすると。そこを突破していかないと、なかなか秘伝の気というものが扱えない。
では、この壁はどうやって外すのか
まとめると、こういうことです。
気功は「自分の気でやる」という無意識がやっぱりあって、力んで消耗してしまう。だから届く効果は、自分のポテンシャルの上限までで頭打ちになる。先天的に強い人はできたとしても、多くの方はそこで壁にぶつかる。そして自力でやってしまうと、結局「片方どまり」になってしまう。
——これが、私が何年もかけてぶつかった、自力の限界です。
では、この壁はどうやって外すのか。
実は、この問題を解いてくれたのが、密教の話なんです。
気功と密教のつながりというのは、おそらくどこに行っても研究されていないものだと思います。密教そのものは大学院に行けばたくさん論文がありますし、お坊さんたちの間でも意見が分かれるくらい研究されている。でも、お坊さんは気功をやりません。だから、この両方を実践してきた人間からしか出てこない話が、たぶんあるんですね。
その話は、次回にお伝えします。
今日はまず、「自力には限界がある」——そこだけ、心のどこかに置いておいていただければと思います。
そして、もしあなたが今、誰かのために頑張って、自分が削れているのだとしたら。それはあなたの努力が足りないからではなくて、頑張り方の向きの問題かもしれない、ということも。
もう少し聴いてみたい方へ
この記事は、ビデオポッドキャスト『満ちて帰る気功』でお話しした内容をもとにしています。
Spotify:https://open.spotify.com/episode/05NkadSiz21XcRchciuxBy?si=8P-WvexHTyi4Pj_n6_30JA
頑張りすぎた心と体をゆるめ、本来の自分へ還っていくための番組です。伝統気功と仏教の実践を通して、気を味方にする生き方をお届けしています。今回の「気功と密教のつながり」は3回に分けてお届けしていますので、続きが気になる方は、ぜひ番組のほうも聴いてみてください。移動中や寝る前など、力を抜いて聴いていただける長さにしています。
実際に気功を学んでみたい、という方には、オンラインで学べる「バーチャル秘伝功アカデミー」と、直接お伝えしている「Sun気功ヒーリングスクール」があります。
どちらも、今日お話しした「自力で頑張って消耗する」という段階を、なるべく遠回りせずに越えていただくための場です。私は一、二年もがきましたけれども、同じ道を歩まなくていいと思っていますので。



