気功を学んでいて、「いつか、人を癒せるようになりたい」。 そう思っている方に、今日はお話ししたいことがあります。
先に、結論からお伝えします。 気功はね、自分のためより、”人のため”に使おうとするときに、いちばん大きく働くんです。
遠回りに聞こえるかもしれません。「まず自分が完璧にできてから、人に」――そう考えるほうが、順序として正しい気がしますよね。あるいは、「才能のある人だけが、人を癒せるんだ」と。人を癒したいと願う人ほど、この二つの思い込みで、足が止まってしまいます。
でも、順番はむしろ逆なんです。人のためを”先に”掲げた人から、気は大きくなっていく。今日はその理由を、私自身の”思い”としてお話しします。
「自分のため」だけの気功は、なぜ小さくなるのか
自分のためだけに気を使う、となると――抽象度が低くなるんです。
抽象度が低いと、それだけエネルギーも、やっぱり小さくなる。逆に、抽象度の高いゴールを決めると、得られるエネルギーが高くなっていきます。
「抽象度」というと難しく聞こえるかもしれませんが、要は「どれくらい広い範囲を、自分の願いの中に入れているか」ということです。自分ひとりのためなのか。家族までなのか。それとも、もっと広い、世の中のためなのか。その”広さ”が、そのまま、動かせるエネルギーの大きさになる、ということなんですね。
私が気功を始めた”思い”──百人の幸せを願うこと
私自身、ある本を読んで、こう思い至ったことがあります。
――「一人のための幸せよりも、自分を含めた百人のための幸せを願うこと。それが行動のエネルギーになり、自分自身の学びを深めることにも役に立つ」。
だから私は、自分のためだけじゃなく、自分を含めたより多くの人のために、この気功を社会のために使っていこう――そういう気持ちで、気功を習い始めました。
面白いもので、「人を癒せる先生になる」と目標に掲げること自体が、実は自分自身を救うことにもつながっているんです。人のためを願うことは、自分を後回しにすることではありません。
気は、あなた個人のエネルギーではない──”生命の法則”
ここが、本当のところなんですが――気はそもそも、生命エネルギーなんです。
特定の個人や、家族のためのエネルギーではない。生命のためのエネルギーなんですね。
だから、気を”自分や家族のためだけ”に使おうとするのは、実は生命の法則に反してしまう。生命エネルギーというのは、「生きとし生けるもの、すべてのために使うぞ」――そういう心にしか、反応しないんです。
「家族のため」も、実は利己的?
こう言うと、少し驚かれるかもしれません。
じつは「家族のため」も、突き詰めると利己的なんですね。家族のためなら、動物はみんなやっています。自分の群れ、自分の血のつながりを守る――それは、生き物としてごく自然なことです。
でも私たちは人間で、抽象度の高い世界に生きる生物です。ただ動物として生きるんじゃなく、社会的に、世のため人のために生きる――そういう目的を持った命なんですね。
そうすると、必然的に、気を自分や家族のためだけじゃなく、世の中のために使っていく。それが、自然の通りなんです。
世のため人のための心に、宇宙の知恵が働く(=加持)
そして、この「生命のために使うぞ」という人間の思いに、宇宙のエネルギー=知恵が働く。
――これを、加持と呼びます。
自分の力だけで、なんとか気を出そう、強くしようとしているうちは、どうしても小さい。けれど、「生きとし生けるもののために」と心が定まったとき、そこに宇宙の側から知恵が働いてくる。世のため人のための心は、だからこそ、尽きることのない――無尽蔵の氣を生むんです。
それでも「自分にできるか」と思うあなたへ
「そうは言っても、自分にできるかどうか…」。そう思われるかもしれません。
でも、できないのは、才能のせいじゃないんです。
ただ、今の自分の気が、人に向いたときに、ちゃんと働いているか――それを一人で確かめるのは、とても難しい。本や動画をいくら増やしても、そこは分からないままなんですね。
人のために願った瞬間、氣はもう大きくなっている
だから、”人を癒せるようになりたい”と願う人ほど、一度きちんと、自分の気を直接みてもらう場が必要なんです。
人のために、と願ったその瞬間、あなたの氣はもう、大きくなり始めています。それは遠回りではありません。いちばんの近道です。
「自分のため」から、「世のため人のため」へ。抽象度をひとつ上げる。ただそれだけで、あなたの氣は、育ちはじめます。




