気功を始めたばかりの方ほど、真面目にこう考えてしまいます。
「もっと気を感じられるようにならなければいけない」
「もっと能力を身につけなければ、人を癒すことなんてできない」
「自分が頑張って、強い気を出せるようにならなければいけない」
けれども、秘伝功を学ぶうえでは、この考え方そのものが、気の働きを妨げることがあります。
少し驚かれるかもしれませんが、私は生徒さんに、こうお伝えすることがあります。
気功の修行をしている主体は、あなた自身ではありません。
「私」が頑張って気を起こし、「私」が能力を獲得し、「私」が人を癒せるようになる。そう考えている間は、どうしても身体に力が入り、心も緊張し、気を自分の力で操作しようとしてしまいます。
しかし、秘伝功で大切にしているのは、まったく逆の方向です。
気は操作するものではなく、味方につけるものです。
気功初心者ほど「自分が気を出さなければ」と思ってしまう
私のところに来られる生徒さんやクライアントさんの中には、学び始める前と後で、気功に対する考え方が180度変わったと感じる方が少なくありません。
その大きな転換点になるのが、
「気は自分で無理に操作するものではない」
「自分の気を消耗して人に与えるのではない」
「外気を味方にしながら、気が自然に働く状態を育てる」
という考え方です。
気功を知らない方にとって、「気功で人を整える」と聞くと、特別な能力を持った人が、自分の中にある強いエネルギーを相手に送るようなイメージがあるかもしれません。
だからこそ、初心者の方は無意識に、
「自分にはまだ能力がない」
「もっと修行してからでないと、人に何かしてあげられない」
「気を出そうとしても何も感じないから、才能がないのではないか」
というリミッターを持ってしまいます。
これは決して悪いことではありません。私自身も、気功を学び始めた頃は、頑張って能力を身につけようとしていました。
けれども、秘伝功では、自分の内側の気を無理に使おうとするのではなく、外気の力を味方にし、自分の心と体を通して気が自然に働いていく状態を育てていきます。
ここで考え方が変わると、気功の修行そのものが、それまでとはまったく違うものになっていきます。
「修行しているのは私ではない」とはどういうことか
「修行しているのは自分ではない」と言われると、最初は意味がわかりにくいかもしれません。
自分が身体を動かしているのだから、自分が修行しているのではないか。
自分が手をかざしているのだから、自分が気を扱っているのではないか。
普通は、そのように考えると思います。
けれども、秘伝功の世界では、少し違う捉え方をします。
自分が気を動かしているのではなく、気そのものが、自分の心と体を通して働いてくれている。
自分が頑張って身体を動かしているのではなく、気が自分の身体を使いながら、必要な動きへ導いてくれている。
自分が必死になって人を癒そうとするのではなく、気の働きに身を委ねることで、自分はその通り道になっていく。
この感覚が腑に落ちてくると、修行に対する緊張感が変わってきます。
「やらなければいけない」
「感じなければいけない」
「結果を出さなければいけない」
という、自分を追い詰めるような力みが、少しずつ抜けていきます。
そして、頑張ることで気を生み出そうとするのではなく、楽になるほど、緩むほど、気の働きを受け取りやすくなるという方向に、心と体が切り替わっていくのです。
頑張るほど難しくなるのは、調律の狂った楽器で演奏しようとするから
このことを、楽器のチューニングに置き換えて考えてみてください。
調律の狂った楽器を持ちながら、指の動かし方や弓の使い方だけを一生懸命に練習している人がいるとします。
本人は真面目です。
美しい音を出そうとして、何度も何度も練習します。
けれども、そもそも楽器の調律が狂っているので、どれだけ操作を上手にしようとしても、思うような音は出ません。
気功でも、これに近いことが起きます。
「自分が気を出さなければいけない」
「自分が頑張らなければ効果が出ない」
「自分の能力が足りないから、まだ人にはできない」
という意識のまま修行を続けると、身体は緊張し、気の流れを受け取る感覚も鈍くなりやすい。
これは、調律が狂ったまま、演奏技術だけで何とかしようとしている状態です。
一方で、気の達人と呼ばれるような人たちは、外気を味方にする感覚を持っています。
すでに調律された、心地よく響く楽器を手にした状態で練習を始めるようなものです。
音が気持ちいい。
身体も苦しくない。
実践していること自体が心地いい。
そうなると、「頑張って続ける」のではなく、自然ともっと触れていたくなる。もっと深めたくなる。
気功の修行において本当に大切なのは、根性で続けることよりも、まず自分の意識の調律を整えることなのです。
ぷるぷる気功も「自分が揺らす」のではなく「気に動かしてもらう」
秘伝功には、「ぷるぷる気功」と呼んでいる基本的な実践があります。
身体を微振動させながら、身体のこわばりや偏りをゆるめ、気の通り道が整いやすい状態を育てていくものです。外気が入りやすい、いわば気功師体質を養うための基礎的な修行でもあります。
ここでも、考え方が非常に大切です。
自分が頑張って身体を揺らす。
自分が正しく動かさなければいけない。
もっと上手に振動させなければいけない。
そう考えてしまうと、身体に余計な力が入ります。
反対に、
「自分が揺らしているのではなく、気が私の身体を通して動いてくれている」
という気持ちで行うと、同じ動きであっても、意識の質が変わります。
自分の意思で無理にコントロールするのではなく、少しずつ身を委ねていく。
自分が正解を作ろうとするのではなく、身体が自然に緩み、気が働きやすくなる状態を許していく。
この心構えがあるだけで、気功は単なる体操ではなくなります。
動作を覚えることだけが修行ではありません。
自分が頑張らなくても、気が働いてくれるという信念を、心と体に馴染ませていくこと。
そこに、秘伝功の修行の大切な意味があります。
「ありがとう」は、気を受け取る側に戻るための言葉
外気を味方にするという考え方は、頭で理解するだけでは、なかなか身体に馴染んでいきません。
長年、私たちは、
「頑張らなければ結果が出ない」
「自分が何とかしなければいけない」
「力を入れた分だけ、価値がある」
という感覚の中で生きてきています。
そのため、気功をするときだけ急に「委ねればいい」と言われても、心と身体がすぐに切り替わるわけではありません。
そこで大切になるのが、ありがたいという気持ちです。
外気の力を、自分が頑張って奪い取るのではない。
自分が緩み、手をかざし、受け取る側に戻るだけで、気が向こうから働いてくれる。
そのような感覚を育てながら、
「ありがとうございます」
と心の中で感じてみる。
ただ言葉だけを機械的に繰り返すのではありません。
自分が無理に気を生み出さなくてもいい。
自分が必死に結果を出そうとしなくてもいい。
気の働きが、すでに自分の心と体を支えてくれている。
そのことに対して、「ありがたいな」と感じてみるのです。
この感覚は、単なる精神論ではありません。
自分がすべてを背負って頑張ろうとする意識から、気を受け取り、気に働いてもらう意識へ移っていくための、非常に大切なチューニングです。
人は、自分が信じている範囲の力しか出せない
気功の修行において、信念は非常に大きな意味を持ちます。
例えば、自分は重要な場面で打てる打者だと深く信じている人と、「自分はここで必ず詰まる」と思い込んでいる人では、同じ技術を持っていたとしても、実際のパフォーマンスは変わってくるでしょう。
また、普段なら持ち上げられないような重いものでも、目の前の大切な人を助けなければならない状況になると、思いがけない力が出ることがあります。
人は、単純な筋力や技術だけで動いているわけではありません。
「自分にはできるのか」「自分はどういう存在なのか」という信念によって、身体の働き方まで変わっていきます。
気功でも同じです。
「自分は頑張らなければ力が出ない」と信じていると、実践するたびに身体へ力が入り、気を操作しようとします。
しかし、
「私は頑張らなくてもいい。楽になるほど、緩むほど、気の力が働きやすくなる」
という信念が育っていくと、修行の質そのものが変わっていきます。
これは、一日や二日で完全に身につくものではありません。
何十年も染みついてきた「頑張らなければいけない」という感覚を、少しずつ別の信念へと入れ替えていく必要があります。
初心者だからこそ、余計な思い込みを持たずに学べる
秘伝功の世界には、土台を積み重ねていくための一定期間の修行があります。
身体の動かし方、意識の使い方、気に身を委ねる感覚を通して、脳と心と身体に新しい信念体系を馴染ませていきます。
私自身も、最初から特別な能力を持っていたわけではありません。
気功をまったく知らなかったところから、体系的な修行の中で、少しずつ心と身体の使い方を変えてきました。
だからこそ、初心者の方にお伝えしたいのです。
何も知らないことは、決して不利ではありません。
むしろ、独学で「自分には気を感じる才能がない」「自分は人を癒せる側ではない」という思い込みを強くしてしまう前に、正しい土台から学べることは、大きな利点です。
スポーツでも、間違ったフォームを長年身につけてしまうと、後から直すのに時間がかかります。
気功も同じで、技術以前に、
「自分が頑張って気を出すものだ」
「能力がある人だけができるものだ」
「感じられない自分は向いていない」
という信念を深く刻み込んでしまうと、そこから抜けるために余計な苦労が必要になることがあります。
だからこそ、初心者のうちから、次のことを大切にしてください。
修行しているのは、頑張る自分ではない。
気そのものが、自分の心と体を通して働いてくれている。
自分は、その働きに身を委ね、ありがたく受け取っていけばいい。
この土台があると、気功の学びは苦しい努力ではなく、少しずつ世界の感じ方まで変わっていく実践になります。
大切な人を癒したい人ほど、自分が背負いすぎないこと
家族のために何かできるようになりたい。
大切な人が苦しんでいるとき、ただ見守るだけではなく、自分にもできることを持ちたい。
ヒーラーとして、目の前の方にもっと役立てるようになりたい。
そのように思う方ほど、真面目で、責任感があり、頑張ろうとします。
けれども、人を支えたいと思うほど、自分の力だけで何とかしようとしすぎないことが大切です。
自分の気を削り、自分が必死になり、自分が結果を背負う。
それでは、長く続けるほど苦しくなってしまいます。
秘伝功で目指しているのは、自分を消耗させながら誰かを助ける状態ではありません。
自分自身も整いながら、気の働きに身を委ね、その結果として人にも穏やかに関われるようになること。
自分の力を誇示するのではなく、気が働きやすい自分を日常の中で育てていくこと。
それが、気を味方にするということです。
まとめ|気功は「頑張る自分」を強くする修行ではない
気功を学び始めると、多くの方が「自分が能力を身につけなければ」と考えます。
けれども、秘伝功で大切にしているのは、能力を力づくで獲得しようとすることではありません。
気を操作する自分から、気に働いてもらえる自分へ移っていくこと。
修行しているのは、頑張る自分ではない。
気そのものが、自分の心と身体を通して働いてくれている。
だから、自分は緩み、委ね、ありがたく受け取っていけばいい。
この意識が少しずつ馴染んでいくと、気功は「努力して能力を得るもの」から、「日常の中で気が自然に味方してくれる体質を育てるもの」へと変わっていきます。
気功初心者の方も、ヒーラーとして学びたい方も、大切な人のためにできることを増やしたい方も、まずは自分を追い立てることから始めなくて大丈夫です。
今日、実践するときに一つだけ覚えておいてください。
私が頑張って気を動かすのではない。
気が、私の心と体を通して働いてくれている。
その感覚を、ありがたい気持ちとともに、少しずつ日常の中で育ててみてください。
自宅で、気を味方にする土台から学びたい方へ
気功は、動作や呼吸法だけを覚えれば身につくものではありません。
どのような意識で身体をゆるめるのか。
どのように外気を受け取り、自分を消耗させずに実践していくのか。
どのように日常生活の中で、気が自然に働きやすい心と体を育てていくのか。
こうした土台があってこそ、気功の感覚は少しずつ安定し、人を支えるための実践にもつながっていきます。
バーチャル秘伝功アカデミーでは、気功が初めての方でも、自宅にいながら、気の基礎、ヒーリングの実践、エネルギーマネジメント、そして気を味方にするための意識の整え方を段階的に学んでいただけます。
「自分も大切な人のために、何かできるようになりたい」
「技術だけではなく、気功師としての土台から育てたい」
「頑張って消耗するのではなく、気が自然に働く感覚を身につけたい」
そのように感じている方は、ご案内ページから詳細をご覧ください。https://academy.sun-qigong.com/p/c15BaAIMQHbO



