プルプル気功がうまく続けられずに、やめてしまった。
あるいは、「けっこう長い時間やらなきゃいけないんじゃないだろうか」と頑張ってしまって、いま疲弊してしまっている。
そんなふうに、プルプル気功をうまく続けられない状況に陥ってはいないでしょうか。
「継続は力なり」という言葉がある通り、物事は続けていくことで習慣になり、その効果を自分で体感できるようになっていきます。でも、いい気功法や練習方法に出会えたとしても、それが続けられないとなると、せっかくの宝の持ち腐れになってしまいますよね。
しかも、このプルプル気功というのは、もともと秘伝功と呼ばれるもので、人を癒すパワーを手に入れるための気功法として脈々と受け継がれてきました。続けていくと、遠隔で人を癒すためのポテンシャルがしっかりと発揮されるようになっていきます。
この記事では、プルプル気功の成果を出しつつ、ちゃんと継続できている人の共通点についてお話ししていきます。
続けられる人とやめてしまう人の違いは「根性」ではない
プルプル気功を、成果を出しながら続けられる人。なかなか成果も得られず、続けられなくなってやめてしまう人。この二つには、大きな違いがあります。
最初に結論からお伝えすると、それは根性があるとか、やる気があるとか、そういう問題ではないんですね。
実は、気功の学びということに対して、パラダイムシフトを起こせているかどうか。ここが非常に重要なポイントになります。
気功の学びは「習得すること」ではない
では、気功の学びに対するパラダイムシフトが起きている状態とは、どういうことか。
まず押さえておきたいのは、気功の学びは「習得すること」ではない、ということです。
どういうこと?と思われるかもしれませんが、気功の学びというのは、いらないものを排除していくこと。そう心得ていくことが、気功の学びに対するパラダイムシフトを起こす、ということなんですね。
学校で身につけた「足りないものを補う」学び方
普通、学校の授業やテスト勉強だと、自分が知らない知識を外から取り入れて、自分にペタペタ身につけていく。そういうイメージが強いと思うんです。そうしないと、テストで点数が取れないわけですから。
だから私たちは、小さい頃から「学び」というものを、自分にない知識を取り入れる、自分にないスキルを取り入れる、足りないものを補う。そういう学び方を、無意識にしてきています。
気功は、今まで学んできたものを手放していく学び
ところが気功は、まったく別次元のものなんです。
どちらかというと、自分が今まで学んできたものを手放していくという学びをしていくんですね。
体に積もった「不自然な動き」をほぐす(アンラーニング)
子どもの頃は、きれいな姿勢をしていた
たとえば、体の動かし方の癖がありますよね。左右のアンバランスさ、利き腕、あぐらをいつもどちらの足を上にして組んでいるか、そういう姿勢。
子どもの頃は、きれいな姿勢をしているわけです。でも大人になるにつれて、何かしらの運動プログラムを受けたり、体育の授業を受けたり、部活動で反復練習した動きを身につけたりする中で、無意識のうちに不自然な動きが身についてきているんですね。
「右足だけ動かない」「全身が振動しない」の正体
そうすると、実際にプルプル気功をやったときに、右足だけがうまく動かせないとか、なんだかほぐれなくて全身が振動する感じがしないとか。人それぞれ、あると思うんです。
そういう不自然な動きを、ほぐしていく。巷ではアンラーニングと言いますけれども、学びを手放していく。体で覚えたことを一旦リセットしていく。これが、本来の気功の学びなんですよね。
「筋トレみたいになっていた」──セッションでの気づき
ところが、あるセッションを受けていただいた方から、どうしても筋トレみたいな感じになっていた、という声をいただいたんですね。
筋トレは筋肉をつけていくものですから、どんどんどんどん積み重ねていく。学びを積み重ねていく、という考え方・ものの見方だったんです。
その方は、私とのセッションの中で「効果なんか出なくてもいい」という言葉にハッと気づかれて、「あ、そんなに頑張らなくていいんだな」と。
パラダイムシフトが起きると、実はこういうことが自然に起きるんです。「そんなに無理しなくていいんだな」「楽な気持ちでやればいいんだな」「あ、これで続けられそうです」。そういう形になっていくんですね。
「20分やらなきゃ」がエネルギーロスを生む
逆に、パラダイムシフトが起きないと、エネルギーをロスしながら気功を実践することになってしまいます。
「習得しなければ」というストレスを抱えたまま、エネルギーのロスが起きている。「頑張らなければ」「やらなければいけない」「20分もやらなきゃいけない」。そういう形で、緊張して頑張ってしまうんですね。
そうではなくて、自分の「やらなきゃいけない」という考えが本当に正しいのかどうか。そういうところまで、心まで、どんどん手放していくんです。
自分自身が今まで信じてきた信念を、一度疑ってみる。自分が信じてきた「体の動かし方」という信念を、手放していく。これが、気功をやっていく上で非常に重要なパラダイムシフトになってくるわけです。
手の中の飴玉と、新しい革袋
飴玉でいっぱいの手は、新しいものをつかめない
手の中に荷物をいっぱい持っていたら、新しいものはつかめませんよね。
駄菓子屋さんみたいなところで、一回何百円かで「右手でつかめた飴玉は全部持って行っていいよ」というのがあると思うんです。子どもはガーッといっぱいつかみますよね。でも、手がいっぱいになると、もうそれ以上はつかめない。新しい飴玉は取れないわけです。
だから、一回手放さなきゃいけない。
気功もそれと同じで、「頑張ろう」「手に入れよう」という感じではないんです。どちらかというと、私たちは知らないうちに、手の中に、体の中に、いらない飴玉がいっぱいあるわけですね。信念を飴玉だと思っていただいたらいいと思うんです。
そういうものをどんどん外していかないと、新しいものは入りようがない、ということだと思うんですよね。
新しいぶどう酒は、新しい革袋に
これは聖書の、イエス・キリストの言葉でも有名ですけれども、**「新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れなければならない」**という話があります。
昔のワインを入れる革袋は、古くなるとヒビが入って割れてしまうような性質のものだったらしいんですね。新しいワインを入れるときに、古い革袋のまま、それを手放さないでいたら、せっかくのいい教えもダダ漏れになってしまうじゃないか。そういうたとえ話だと思います。
何か新しいもの、自分が知らない世界のものを手に入れようとするときには、必ず自分自身のものの見方や考え方が、実は学びを邪魔している。そのことは、もう昔の人も知っていたわけです。
私も気功を教えていて、特に気功ではそれが如実に出ると感じています。技術やスキルの前に、まず気功に対する考え方を再構築していく、パラダイムシフトを起こしていく。それを先に作業としてやらなければ、なかなか身につけることが難しいな、と感じているんです。
「結果なんか出なくていい」くらいのほうが、結果が出る
気功に対するものの考え方をしっかり変えていくと、頑張らなくていい。むしろ結果なんか出なくていい、くらいの気持ちでやっているほうが、効果的に結果が出やすかったりする。そういう側面も、実はあるんです。
すごく矛盾しているように聞こえると思いますけれども。
10分のつもりが、気づけば30分
パラダイムシフトが起きると、どんどん気功をやりたくなっちゃうんですよね。「プルプル気功、もうちょっとやりたい」と。
時間を「延ばそう」としているんじゃなくて、もう時間が伸びちゃってた。気づいたら増えていた。最初は10分だったのに、30分も夢中になってやってしまっていた。それで変化を感じて、楽しさも湧いてくる。
それだけ長い時間を勝手にやってしまうわけですから、それだけ成果も出るし、継続もできる。人をヒーリングできるような自信もついてきて、実際にヒーリングの効果を実感してもらえるようになっていくんですね。
上達した人の視点が、気功体質を育てる
継続することで気功を効率的に習得して、ヒーリング能力を上げていくためには、気功というものに対するものの考え方、上達した人の視点を共有していくことが、非常に重要なポイントになってくるわけです。
そうすると、あなたも、遠隔で人を癒すほどのパワーを手に入れることができる。気功体質を手に入れていくことができる、ということなんですね。




