本物の気功師が見ている世界とは?気功が上達する人の共通点

気功師というと、どのようなイメージがあるでしょうか。

手から気を出す人。
遠くにいる人へ気を送る人。
相手に触れずに影響を与える人。
普通の人にはない特別な感覚を持っている人。

そのような印象を持たれることも多いかもしれません。

もちろん、気功には感覚や技術もあります。練習を重ねることで、気を感じやすくなったり、身体の内側の変化に気づきやすくなったり、ヒーリングの感覚が深まったりすることもあります。

けれども、本当に大事なのは、派手な技や特別な現象だけではありません。

本物の気功師、つまり気功の本質を大切にしている人は、世界の見方そのものが少し違います。

気功が深まる人は、ただ技術を学んでいるだけではなく、物事の見方、感じ方、在り方が変わっていきます。

その大切な視点のひとつが、
すべてのことが自分自身である
という感覚です。

本物の気功師は「自分に関係ないことはない」と見ている

気功が深まっている人ほど、心のどこかに共同体意識を持っています。

共同体意識とは、簡単に言えば、
自分と他人、自分と自然、自分と世界が完全に切り離されたものではない
という感覚です。

「人は人、自分は自分」
「自分に関係ないことは関係ない」
「自分さえよければいい」

このような意識で生きていると、自分という枠がとても強くなります。

もちろん、日常生活の中では、自分と他人を区別することも必要です。けれども、気功やヒーリングの世界においては、自我があまりに固くなりすぎると、気の流れや非言語的な情報のやり取りが通りにくくなってしまいます。

気功は、ただ身体を動かすだけのものではありません。

身体、意識、呼吸、イメージ、感覚、空間との関係性が整っていくことで、気が自然に流れやすくなっていきます。

そのときに大切なのが、世界との一体感です。

「すべてが自分自身のことだ」
「自分に関係ないものなどない」
「目の前の人も、自然も、空間も、自分とつながっている」

このような感覚が育ってくると、気の練習そのものの質が変わります。

気を無理に操作しようとするのではなく、気が自然に通りやすい状態になっていくのです。

気功の上達には「一体感」が深く関わっている

気功初心者の方は、最初にどうしても技術ややり方に意識が向きやすいです。

手の形はこれで合っているのか。
呼吸法は正しいのか。
イメージはどうすればいいのか。
気を感じるには何をすればいいのか。

もちろん、それらも大切です。

けれども、気功が本当に深まっていくときには、技術だけではなく、意識の状態が大きく関わってきます。

自分と世界を切り離している意識が強いと、気を感じようとしても、どこかで力みが生まれます。

「自分が気を出さなければいけない」
「自分が相手を癒さなければいけない」
「自分が何とかしなければいけない」

このように思うほど、自我の力みが強くなってしまいます。

一方で、すべてのものとつながっている感覚があると、気はもっと自然に流れやすくなります。

気は、自分の力だけで無理やり操作するものではありません。
むしろ、気が味方になってくれるような心身の状態を整えることが大切です。

そのためには、自分だけを切り離して考えるのではなく、目の前の人も、自然も、空間も、すべてが自分と関係しているという感覚が必要になってきます。

この一体感が深まると、気の感じ方、気の取り入れ方、イメージのしやすさも変わっていきます。

田舎の共同体の中で育まれた「すべてが自分自身」という感覚

私は田舎の山のふもとで育ちました。

田舎では、今の都会の暮らしとは少し違って、家族以外の人とも非常に近い距離感で過ごします。

自分のお父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃんだけでなく、近所のお兄ちゃん、お姉ちゃん、友達、年下の子たちとも、まるで家族や親戚のように一緒に過ごす時間がありました。

小さい頃は、男の子も女の子も一緒になってドッジボールをしたり、山の中に入ってかくれんぼや鬼ごっこをしたり、虫を捕まえたりして遊んでいました。

バッタやカマキリを見ても、ただの虫として見ていたわけではありません。

そこには、どこか会話をしているような感覚がありました。
自然の中で、虫や草花も、自分とはまったく別のものではなく、一緒に生きている仲間のような感覚があったのです。

たとえば、バッタを強く握りつぶしてしまったら、きっと痛いだろうなと思う。

これは、頭で考えているというより、感覚として「自分も痛い」と感じている状態です。

草花を友達が踏み倒そうとしたら、思わず注意する。

それも、草花が踏みにじられることを、どこかで自分自身が踏みにじられているように感じているからです。

これは、特別なスピリチュアル体験というより、もともと人間が自然の中で持っていた感覚なのではないかと思います。

自然も、虫も、友達も、近所の人も、すべてが自分とつながっている。
だから、誰かが傷つけば自分も痛い。
自然が傷つけば自分の心も痛む。

この共同体の感覚は、気功において非常に大切な土台になります。

都会の暮らしで失われやすい共同体意識

大人になるにつれて、この共同体の感覚は少しずつ薄れていきます。

私自身も、高校を卒業して東京に出たとき、とても強い違和感を覚えました。

田舎では、人と人がつながっている感覚が当たり前でした。ところが、都会に出ると、個人個人がそれぞれ別々に生きているように感じました。

もちろん、東京の人が冷たいということを言いたいわけではありません。

ただ、田舎で育った私の感覚からすると、共同体の空気が急になくなったように感じたのです。

人と人が切り離されている。
自分は自分、他人は他人。
自分に関係ないことには関わらない。

そういう空気の中にいると、心が沈んでしまうこともありました。

そして、大人になるにつれて、私たちはその感覚に慣れていきます。

「個人として生きること」が当たり前になり、共同体として生きる感覚を忘れていくのです。

けれども、どれだけ疲れていても、田舎に帰ると不思議と元気になることがあります。

これは、単に空気がきれいだからというだけではありません。

自分が世界から切り離されていない感覚。
人や自然や場所とつながっている感覚。
その中に戻ることで、気が自然と入ってくるのです。

これも、気功的に見れば非常に大切なエネルギーマネジメントです。

気功は、日常の中でどのような意識状態で生きているかと深く関係しています。

お葬式で感じる「みんな親戚に見える」感覚

共同体意識を感じやすい場面のひとつに、お葬式があります。

お葬式では、親族だけでなく、故人と関わりのあったさまざまな人が集まります。

最初は、知らない人だと思うかもしれません。

けれども、受付で少し会話をしたり、その人が故人とどのような関係だったのかを知ったりすると、だんだん全員が親戚のように見えてくることがあります。

血がつながっているかどうかは関係ありません。

故人を通して、そこに集まっている人たちが、どこかでつながっているように感じられる。

そして、その感覚が続いていると、お葬式が終わったあとに街を歩いていても、マクドナルドの店員さんや、すれ違う人までも、どこか親戚のように見えてくることがあります。

これは、とても大切な感覚です。

目の前の人を、まったく関係のない他人として見るのではなく、どこかでつながっている存在として見る。

これが、気功師にとっての世界の見方につながっていきます。

すべてのものを「自分自身」であり「恩人」として見る

本物の気功師が見ている世界とは、すべてのものが生きていて、すべてのものが自分自身と関係している世界です。

人だけではありません。

自然も、虫も、草花も、空間も、出来事も、情報も、すべてが自分とつながっている。

そして、もう一歩深く言えば、すべてのものが自分の恩人であるという見方です。

目の前の人も恩人。
自然も恩人。
場所も恩人。
日々起こる出来事も、自分に何かを教えてくれている恩人。

このように見ていくと、自然と「ありがたい」という意識が育っていきます。

このありがたいという意識は、気功において非常に重要です。

気功は、力で押し切るものではありません。
自分の意志だけで無理やり気を動かすものでもありません。

ありがたいなあ。
生かされているなあ。
支えられているなあ。

このような意識が深まるほど、心身がゆるみ、気が自然に通りやすくなります。

気は操作するものではなく、味方にするものです。

そのためには、世界を敵や無関係なものとして見るのではなく、自分を支えてくれている存在として見ることが大切なのです。

気功の練習の質は、世界の見方で変わる

同じ気功の練習をしていても、意識の状態によって質は変わります。

形だけをなぞっている場合と、世界との一体感を持ちながら行う場合では、内側で起こる感覚が違ってきます。

「自分が頑張って気を出す」
という意識ではなく、
「自分も世界の一部として、気の流れの中にいる」
という感覚で練習する。

「自分が相手を癒す」
という力みではなく、
「相手も自分も同じ大きな流れの中にいる」
という感覚で向き合う。

この違いは、とても大きいです。

気功やヒーリングを深めたい方は、技術を学ぶことと同じくらい、日常の中で自分の在り方を整えることが大切です。

日常の中で、目の前の人をどう見ているか。
自然をどう感じているか。
自分と世界の関係をどう捉えているか。

それが、そのまま気功の練習にも表れていきます。

今日からできる共同体意識の育て方

では、どうすれば「すべてが自分自身である」という感覚を育てることができるのでしょうか。

田舎の共同体の中で育った人は、自然とその感覚を持ちやすいかもしれません。

けれども、都会で暮らしている人や、自然との関わりが少ない人でも、日常の中で意識を整えることはできます。

まずは、心の中でこのように言い聞かせてみてください。

すべてのものは生きている。
すべてのものは私と関係している。
すべての人、もの、情報は、私の恩人である。

これは、無理に信じ込むというより、そういう視点で世界を見てみる練習です。

目の前の人を、自分とは無関係な他人として見ない。
自然を、ただの背景として見ない。
日々の出来事を、ただの偶然として流さない。

そうやって少しずつ世界との関係性を感じ直していくと、ありがたいという意識が育っていきます。

その意識は、気功のとても良い練習になります。

気功は、特別な場所でだけ行うものではありません。
日常の中で、どのように人を見て、自然を見て、自分を整えていくか。

そのすべてが、気功の土台になります。

気功師になるには、技術だけでなく「見方」を育てること

気功師になりたい、ヒーラーになりたい、大切な人を癒せるようになりたい。

そう思ったとき、多くの人は技術や方法を知りたくなります。

もちろん、基礎的な練習や正しいステップは大切です。

けれども、気功師として本当に深まっていくためには、技術だけでは足りません。

大切なのは、どのような見方で世界を見ているかです。

すべてを自分自身のように感じること。
すべてのものを恩人として見ること。
自分と世界を切り離さず、一体感の中で生きること。

この視点が育つほど、気功の練習の質も変わります。

気の感じ方も変わり、気の取り入れ方も変わり、ヒーリングの在り方も変わっていきます。

気功は、単なるテクニックではありません。
人生の見方そのものを整えていく道でもあります。

まとめ|本物の気功師が見ている世界は、すべてがつながっている世界

本物の気功師が見ている世界とは、派手な技や特別な現象だけの世界ではありません。

むしろ、その奥にある大切な視点を持っています。

それは、すべてのことが自分自身であり、すべてのものが恩人であるという感覚です。

人も、自然も、虫も、草花も、空間も、出来事も、自分と切り離されたものではない。

そのような共同体意識、一体感が育ってくると、気功の練習の質が変わります。

気を無理に操作しようとするのではなく、気が自然に味方になってくれるような在り方が育っていきます。

気功初心者の方も、ヒーラーを目指す方も、まずは日常の中で世界の見方を少し変えてみてください。

目の前の人を恩人として見る。
自然を自分とつながった存在として感じる。
すべてのものが自分を支えてくれていると受け取ってみる。

その小さな意識の転換が、気功の深まりにつながっていきます。

気功を深めるうえで大切なのは、技術だけではありません。

もちろん、身体のゆるめ方、呼吸、気の感じ方、ヒーリングの基本なども必要です。けれども、それらを本当に日常の中で活かしていくためには、意識の整え方や在り方、エネルギーマネジメントの土台がとても大切になります。

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