こんにちは。Sun気功ヒーリングスクールの坂本佳基です。
遠く離れた人に、気が届く。……正直、本当かな?と思いますよね。
実は私も、最初は半信半疑でした。
でも、今日は結論から言います。遠隔気功に、距離は関係ありません。
気が届くかどうかを決めているのは、距離ではなく、相手との「つながり」なんです。
今日は、なぜそう言えるのかを、私の最初の遠隔の話と、身近な例と、仏教の見方からお話しします。
気は「手から飛ばす電波」ではありません
遠隔気功について、よくある思い込みがあります。
「気は手から飛ばす電波のようなもの」
「だから遠いほど弱まって、近いほど効く」
そう思うのは当たり前です。目に見えないものを、目に見える物のように考えてしまうんですね。
でも、ここを勘違いしたままだと、「遠いから届かないんじゃないか」と、始める前からあきらめてしまいます。
私の初めての遠隔気功は、車の中からでした
半信半疑と、「習ったとおりにやれば大丈夫」
私が初めて遠隔気功をしたのは、気功師学校に在学中、まだ開業する前のことです。
ブログで遠隔の体験を募りました(3,000円ほど)。お申し込みくださったのは、肩こりと背中の痛みを抱えた男性でした。
私は仕事中、車の中から気を送りました。
正直、半信半疑でした。でも、秘伝功には歴史があります。習ったとおりにやれば大丈夫、という気持ちもありました。
「不思議と楽になっています」
翌日、メールが届きました。
「不思議と楽になっています」
本当にうれしかったです。遠隔で、本当に気の効果が出るんだと、驚きました。
ブログを熱心に読んでくれていた人
今振り返ると、その男性は、私のブログを熱心に読んでくれていた方でした。会ったことはなくても、そこで関係が育っていたんだと思います。
会ったことがあるかどうかでも、距離でもない。つながりがあったから、届いた。
なぜ距離が関係ないのか
家族とお笑い番組を見ると、つい一緒に笑ってしまう
仲のいい家族と一緒にお笑い番組を見ていると、つい一緒に笑ってしまいますよね。
でも喫茶店で、知らない人と同じテレビを見ていても、そこまでは笑いが移りません。
同調は、物理的な距離ではなく、「関係の近さ」で起こるんです。
昔の中国の「懸糸診脈」
歴史の話もひとつ。
昔の中国では、皇帝の腕に糸をつなぎ、離れた場所から診て気を送っていた、と伝えられています。懸糸診脈といいます。
気の通り道である「脈」は、離れていてもつながっているんですね。
仏教から見た「私とあなたは、もともと離れていない」
仏教の見方からもお話しします。
華厳経に、「一即多・多即一」という言葉があります。個と全体は、切り離せない、ということです。
「私」を定義しようとすると、私以外のすべてを定義することになります。
私は、遠く離れた宇宙にまで関係して、はじめて「私」として照らし出されるんです。
この関係性の網の目を、仏教では縁起といいます。
私とあなたは、もともと離れていない。 だから、距離は問題にならないんです。
「やってみたけど届かなかった」ときは
「でも、やってみたけど届かなかった。やっぱり遠いからでは?」
そう思う方もいるかもしれません。
届かないと感じるとき、見直すのは距離ではなく、つながりのほうです。
遠くまで届けようと、強く飛ばそう、がんばって送ろうとしても、変わりません。
手を使うのは、そのほうが臨場感が上がりやすいからで、手から気を飛ばしているわけではないんです。
遠隔だからといって、特別なことは何もしません。対面とまったく同じです。
「遠いから届かない」ではなく、「つながっているから届く」
遠隔気功に、距離は関係ありません。
大事なのは、どれだけ近くにいるかではなく、どれだけつながっているか。
そして仏教の見方で言えば、私たちはもともと、離れてなんかいないんです。
「遠いから届かない」ではなく、「つながっているから届く」。
遠隔気功を、そういう目で見てみてください。




